読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

魔法、魔術について合理的に考えてみるブログ

「魔法使いになりたい」、という欲望について真剣に考えてみました。

ブラック企業への対策術について

魔術について

 ブラック企業というのは、定義の難しい言葉ですね。

 言いようによっては、日本自体が、巨大なブラック企業だとすら言えてしまうでしょうから。

 また、どんな企業でも、内容を子細に見れば、大なり小なりブラックな所は存在するかと思います。

 ブラック企業の特徴は、簡単に言うと、他責を許さず、自責を促進する、という傾向にあると思います。

 そして、自責をするということは、自信を持たせるというのと同じことです。

 なぜなら、自分に責任があると思うためには、その当該の分野について自分にどうにかできるだけの力があるという自信を持つことが前提となるからです。

 だから、ある意味、自信のある人ほど、自分を責め、そういう強い人ほど、うつ病などの精神病を発病しやすいと言えるかもしれません。

 ですので、ここで、精神病を発病することを防ぐことを考えます。

 そのためには、逆のことをすればよい。

 自責を他責に変換するのです。

 つまり、自責は、才能がないとか、努力が足りないとか、そういった認知構造により成り立っていますので、その逆を取って、すべては運である、と一時的にせよ捉え直してみるのです。そうすると、これは、究極的な他責ですので、自責を相殺できる可能性が高いと思います。

 必要以上に自分に責任を持たなければ、それだけ、プライドも捨てられ、心が軽くなるものと思います。

 例えば、上司に叱られて心が苦しくなってきたら、自分が壊れてしまう前に、「ああ、運が悪かったな」と捉えなおしてみるのです。言い逃れみたいですが、戦略的撤退と捉えれば、さほどの罪悪感もなくなるのではないかと思います。

 どんなゲームも、絶え間ない行軍と撤退の連続によって成り立っていますね。勝つためには、引くことも必要かと思います。麻雀でもチェスでも野球でもなんでもそうだと思います。

 そうして、体力を温存し、攻めてみたい局面になったら、そこで自信を取り戻すのです。あぶなくなったら、また自信を手放します。このバランスの調節の繰り返しが人生を形作っているものと思います。

 人間が、自信を失ったり、自信を持ったりするというのは、それ自体、きわめて戦略的な出来事です。

 なので、自信を持つか、持たないかの二択ではなく、それらの精神状態をそれぞれの局面に応じて、うまく使い分けていくのが、色々なことをする上でのコツになるのでしょう。

 自信とは怒りであり、銃であり、剣です。守るべきものがある時には、嫌が応にも必要になります。逆に、自信の放棄とは、極めて高い防御能力を誇る盾にもなります。ネガティブになることで、あるいは、必要以上に傷つくことを防ぐことも可能でしょう。自責をある意味減らせるわけですから。ネガティブですら、悪いことばかりではない。さまざまな戦略をそれぞれの局面に応じて、使い分けることがより重要かと思います。その戦略には、ここに書かれたようなメンタルコントロールも含まれるものと思います

 例えば、上司に叱られて、その時に、メンタルにその叱責を受け止める余裕がないのなら、それを天災のようなものだと考えておけばよいのです。運が悪かったと。それで、気持に余裕ができたときに、今度は自信を呼び寄せ、適度に自責してみればいい。他責80%、自責20パーセントとかの状態からはじめて、徐々に、自責の割合を上げたり、相手の言っていることが的を射ていない様だったら、逆に他責の割合を上げたりすればよい。

 感情というのは生ものですので、色んな方向に変わります。気分というものにはむらがあるものです。それを逆に上手く利用し、感情の可変性をコントロールすれば、けっこううまくいくのではないかと思います。

 また、ブラック企業が、怒りに溢れているとすれば、それはある意味、革命的な企業ではあるのだと思います。怒るということは、それだけ環境を変えられるという自信があるのですから。そう考えると、怒りやブラック企業、叱責なども一概に悪い物とは言えません。もしかしたら、世界を変える力を持ったブラック企業もあるかもしれません。それが悪いものになるか、よいものになるかは、全く未知数で、運によるところも大きいかと思います。

 個々人で、自信と運のバランスを考えてみると、ブラック企業にうまく対処するためのヒントになるかもしれません。

 感情の切り替え、自己暗示などは、非常に重要な能力だと思います。

 攻めたい時は、努力や自信、才能の重要度をあげ、防御したい時は、運の重要度を上げましょう。

 長期的に勝つためには、撤退は必要不可欠です。戦略的撤退を忘れずに。

 大事なのは、取りあえず、うまく生き残ることかと思います。