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魔法、魔術について合理的に考えてみるブログ

「魔法使いになりたい」、という欲望について真剣に考えてみました。

恋愛術各論――失恋術について

魔術について

 さて、今日は、「失恋」の話をしましょう。

 

 失恋とは何でしょう? 失恋とは、文字通り、「恋」を「失う」ことですね。つまり、恋の放棄です。

 これは非常に難しい場合もあります。

 なぜなら、恋とは、まがりなりにも、世界で一番――少なくとも「最も」――好きな人へと向けられた感情であり、その思いとその対象は、代替の難しい状況に陥っているからです。

 このままの精神状況では、次の恋に向かって、前向きになることができませんね。過去の恋愛をずるずると引きづってしまいます。

 そして、叶わぬ恋を抱き続けるのは苦しいです。 

 ですので、今日は、そうした、「叶わぬ恋」を「放棄」する方法について考えてみましょう。

 また、恋の目的地は愛にあるでしょうし、愛とは、相手のことを代替不可能な存在であると積極的に認めることでもあります。

 そのため、「私(あたし、僕、俺)の運命の人は、この人以外にはありえない」と思考することにより、ストーカーと呼ばれる現象が発生する場合もあります。

 そして、その主観によれば、その「運命」を放棄することなど考えられない、ということになります。では、この主観をどのようにすれば変更することができるでしょう?

 まず、ひとつ考えられる方法が、運命という概念の放棄です。

 つまり、「運命は存在しない」、と仮定します。これを主観に持ってくることができれば、運命的出会いは否定され、ストーカー現象をおさえることができる可能性があります。この術式によるデメリットについては後述します。まずは、メリットから。

 運命とは、何でしょう? それは、一見偶然である物に、必然を「確信」することです。つまり、「偶然かつ、必然」の状態であり、もう少しわかりやすく即物的な見方をすれば、「偶然を必然へと転換すること」です。

 したがって、認知に逆の操作を施してやればよい。

 ひとまず、恋の必然を偶然へと変換する術式をご紹介します。

 

 1.必然性は、法則性である。

 2.法則は、経験知であり、絶対のものは今のところ存在しない。

 3.したがって、必然は存在しない。

 4.よって、「絶対に」自分が相手に好かれているということは原理的にあり得ない。

 5.ここに、自分が相手に好かれているという感情に疑問の余地を生じる。

 6.次に、その疑問を増幅していく。

 7.具体的には、疑問についての思考回路を具体的に次々と展開していく。

 8.これにより、自分の抱く被愛体験に対し、疑心暗鬼を生じる。

 9.不安が生じる。

 10.その不安が、恋した対象への攻撃性として発現してしまう可能性がある。したがって、次にはその不安を取り除く。

 11.これには、以前にこのブログに記した『自我消去術』か、『不安消去術』(多分、ブログ内検索で出てくると思います。よろしくお願いします。)を用いる。

 12.以上の術式により、被愛への確信とそれに伴う不安、攻撃性の除去を完了する。

 13.次に、被愛への確信の再発を予防する。

 14.確かなことなど何もなく、すべては偶然の産物であるというふうに理解する。

 15.なぜなら、人間の力は世界に比べてちっぽけなものであるから。自分の力で制御できるものなどたかが知れているから。

 16.したがって、物事に絶対なんてことはないが、絶対なんてことはないゆえに、偶然の産物としての新しい出会いが生じる可能性は常にあるであろう。したがって、世界や他人が自分の思い通りにならないからと言って、絶望ではない。希望がある、というふうに考えてみる。

 17.なら、自然に流されるままに、流れていけばよい。

 18.そうすれば、いずれ行くべきところにたどり着くであろう。

 19.ありのままに世界に身を委ねる。

 20.無為自然となり、身体の力を抜く。

 

 とりあえず、このような要旨の術式が考えられます。この術式のデメリットは、おそらく、この術式だけでは、「無為自然」という概念への誤解を免れないのではないかということです。説明不足ですし。誤解されると、例えば、その個体は、「何もしない」ベクトルへと積極的に動いてしまう可能性があります。より完璧には、中国の思想書を読むのがいいのかもしれません。本当の「無為自然」の体得は、非常に面倒な術式の一つであり、一朝一夕に出来上がるのには、多少、難しい面があると思います。しかし、一般にいつまでも何もしないでいるということは難しいので、徐々に行動を取り戻すのではないかと思います。失恋のショックに耐えかねるようだったら、上記の術式を再び使用するのも、ひとつの手ではあると思いますので、ご参考にして下さい。

 

 さて、では今度は、どうしても失恋ができないという場合について対処法を考えましょう。つまり、どうしても、自分が相手に愛されているという確信が取ることができない場合です。

 なるほど、あなたの感じていることがまったくの誤謬であるとは考えにくいです。全てのことには相応の原因があり、その感覚にも何かの意味はあるのでしょう。しかし、その感覚を、「いわゆる現実」の領野において実行することは、日常生活において「機能的」に差支えてしまいます。例えば、ストーカーなどの問題を引き起こしてしまうかもしれません。したがって、ひとまず、その感覚の「在処」を「いわゆる現実」に帰属することをやめましょう。つまり、その感覚は、「この現実」のものではなく、「別の現実」のものであると考えれば、辻褄が合うでしょう。あなたの被愛への確信は、おそらく、「別の現実」における確信なのです。つまり、「この現実」における確信ではない。したがって、「この現実」においては、あなたの確信は有効ではない。しかし、あなたの感じているそのあなたの世界、「その別の現実」においては、その確信は現に「有効」である、というふうに考えてみるのもひとつの手です。つまり、あなたは、この世界とは「別の世界」においては、その思い人と結ばれていますが、しかし、「この世界」においてはそうではない、ということです。ちょっと、突飛に見えすぎるでしょうかね(笑)。しかし、この現象を説明するとあまりにも時間がかかりすぎてしまうので、もうすこし簡単に言い換えましょう。

 

 あなたは比喩的には確かに愛されており、あなたの確信はまったく正しい。しかし、それは「常識的」な意味での愛ではない。したがって、常識的ないわゆる現実的な意味での恋愛関係はそこには存在しない。比喩的な意味においての愛だけがそこにある。だから、あなたはその人のことを大切に思っていてもいいし、愛していてもいい。しかし、「この現実」ではその思いは結ばれないので、自分の「想像界」において結ばれるといい。

 

 というふうにでも言えばいいのでしょうか。前記の術式に比べると、かなり安易で穴がありますが、ないよりはましかもしれません。一つの発想としてご参考にして下さい。前記の術式は、そのうち、「重力」についての考察で書こうかな、と思っていました。お楽しみに。

 

 これらの現象は、一般的には、――「妄想」と呼ばれる症状であり、私見では妄想のコントロールにはきわめて高度な術式(というか、ただの極度に複雑煩雑な手続きなのですが)を必要とする上に、しかも、複数の術式を同時的に合せて使用する必要があるのです。したがって、これをお手軽に説明するのはいささか僕の手には余る所業です。

 ただ、僕の知っていることは、順次、このブログに書いていく予定ですので、根気強く見守っていただければ、妄想のコントロール術についても、徐々に説明していくことができるかもしれませんね。

 

 僕は必ずしも、妄想は悪いものではないと思っているのですが、しかし、現時点では、緊急の関与が必要な場合、病院や警察を導入せざるを得ません。

 妄想についての術式を出来るだけ簡便にしたいと思って、努力はしているのですが、分かりやすく説明するのはとても難しいです。

 少なくとも言えるのは、「妄想」にも、この世界のすべてのものがそうであるように、メリットとデメリットがあるだろうということです。

 妄想は上手く使えば、驚異的なバイタリティを実現するのに向ている面もあると思うので、その点も考慮したうえで、妄想と上手くつきあって行けるといいですね。

 もしかしたら、1+1=1であると主張するエジソンの言うことは、周囲の人には妄想に見えたかもしれませんね。そう考えると、妄想というのはとても面白い概念ですので、みなさんも、それぞれ研究なさってみてください。

 

 P.S.この記事の不完全燃焼感に我ながら脱帽。やはり、いきなり、妄想の問題に踏み込むのは難し過ぎました。もうすこし基礎の理論を固めてから出直すことにしましょう。ただ、妄想は、悪霊というか、不安への、あるいは不安の持つ、一種の人格的な「応答性」によって生じるようですので、その辺を少しずつ掘り下げていくことを目指してみます。とは言え、僕も、日々妄想と戦っている身ではありますから、妄想というのは一大テーマですね。

 とりあえず、焦らず、ゆっくり、気ままに書いていきますので、なにとぞ、生温かい目で見守っていてくださいませ(笑)。

 今日、曲どうしようかな(笑)。どの曲も素敵すぎて、この記事につけるのがもったいない気が(笑)。今日は曲なしで行きましょう。

 でも、不完全燃焼感でいったら、他の記事も似たようなものなんですけどね。完璧な文章にはどれも程遠いです。やれやれ。完璧なんてことはないのかもしれませんね。やれやれ。

 そう言えばですね。どうでもいいんですけど、今日、朝起きたら、窓際に置いてたアメリカーナが濡れてて(笑) ショック(笑) アメリカーナ、すまない! 僕が不甲斐ないばっかりに! でも、けっこう大丈夫みたい。普通に読めるし。読めればOK。

 本当にどうでもいい話でしたね。書いてみてそう思います。取りあえず消さないでアップしておきますので、プルプルタンはそういうしょうもないことを考えてるやつなんだと、思ってくださいませ(笑)。

 あと、ついでに思い出したんですけど、みなさんムカデって見たことあります? 僕、昨日、ムカデという生き物をはじめて見て、新鮮な気分になっていました。彼ら、足早いですね。びっくりしました。・・・・・・

 ・・・・・・・ちなみにオチはありません。本当にどうでもいい話でしたね。はい、今日はこの辺で終わります(笑) 今日もご拝読ありがとうございました~