魔法、魔術について合理的に考えてみるブログ

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負け犬の長所

今日は極力手短に文章をまとめる練習をしようと思います。あんまり長くならないといいな。

 

「負け犬の長所」について。

 

負け犬とは、「負けて、逃げた人のこと」です。

 

つまり、負け犬の成立要件は、主に次の二つです。

 

1.勝負に負ける

2.勝負の場から逃げる

 

まず、「負ける」とは何か。

 

これは、「相手に抵抗できず従う」、ということです。

 

例えば、会社において、社員の解雇の権限が会社に与えられているというケースを想定した場合、社員は解雇されないようにするために会社の方針に抵抗できず、大なり小なり従うことになります。この場合、社員は基本的に、会社に対し、敗北し、「負けている」ということになります。よって、正社員などの社員は、一つの「負け犬」と呼ぶことができます。

しかし、正社員になるということは、一般的には、「勝ち組」とされる向きもあります。これらのことから、負け犬とは時に勝ち組である、ということが分かります。こうした現象を、「負けるが勝ち」と呼ぶことがあります。

 

では、「逃げる」とは何か。

 

これは、「不利な状況に陥らないように危険を避ける」、ということ。

 

例えば、ブラック企業に勤めている場面を想定した場合、自分の心身を損なってしまう前に、その企業を辞めて、転職や起業などの新しい生活手段を模索する、と言った場合、これを、「逃げる」と言います。つまり、何か一つの手段が上手くいかない時に、他の新しい手段を研究したり、創出したりすることを、「逃げる」と呼ぶと考えられます。以上のことから、「創造」とは「逃げる」ことであると考えられます。新しいものを生みだす人は、みんな「逃げている」ということになります。ならば、こうした逃走者のことを、新しいものを産み出す人、という意味で、「イノベーター」あるいは「芸術家」と呼ぶことができます。ならば、イノベーター、芸術家とは、基本的に「負け犬」であると言うことができます。つまり、負け犬が「逃げることによって」新しい世界や資本を創出している、と言うこともできます。そして、こうした新しい発明などを行う人がいることで、私たちの生活は便利になったり、豊かになったりします。負け犬たちの逃亡のおかげで、私たちは生活を保持したり、発展させることができます。これを、「逃げるが勝ち」と呼ぶことがあります。

 

以上のことから、負け犬には多大なメリットがあることが分かります。つまり、ある側面においては、「負け犬とは勝ち犬のことである」、と言うことができます。負け組は勝ち組である、と言い換えても構いません。これは矛盾していますね。こうした一見矛盾した論理の様相からわかることの一つとしては、「勝ち負け」というものが非常に複雑なものであり、一概に、絶対的に勝っているとか絶対的に負けているとか、そういうことは、言うことができない、ということでもあります。人間が不完全な生き物である以上、ある部分に秀でていれば、ある部分では劣っているのが普通であり、「完全な人間」は存在しない、という事情もあります。こうした帰結から、通常負け組とされている人も時に勝利することがあり、通常勝ち組とされる人も往往にして負けることがあります。人間は神ではないので、基本的に、「絶対的勝利」はあり得ないわけです。よって、絶対的な勝ち組も絶対的負け組もあり得ない、ということになります。勝ち負けはその時々によって、ケースバイケースに移り替わる概念であり、それ自体とても不安定なものでもあります。したがって、あまり勝ち負けにこだわり過ぎると、自分の心身が不安定になってしまうと推理できますので、勝負ごとに、自分を委ね過ぎるのも考えものです。あまり過度に、勝ち負けを気にする必要自体はないので(もちろん、勝負のスリルが欲しい場合には勝ち負けを気にすることは「娯楽」として有効に作用するとも推理できる。人それぞれ)、あまりにも過度に「負けること」を気にして、新しいことに挑戦できなくなったり、心身に不調をきたしてしまったりするのであれば、そもそも「勝ち負けにこだわらない」という生活指針を取ることも十分にアリであろうと思います。行動方針も考え方も感じ方も人それぞれです。絶対の正解というものは基本的に論理的にはあり得ません(非論理的にはあり得る。この点については気が向いたら後日)。

 

 

今日のまとめ

 

1.負けるが勝ち

2.逃げるが勝ち

3.負け犬は勝ち犬