魔法、魔術について合理的に考えてみるブログ

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情報戦術の概略

 今日は情報戦についてすごく簡単に書こうと思います。情報戦とは情報に関する戦いのことです。

 

 例えば、Aという人とBという人が敵同士であると仮定します。この時、Aの人がBの人の頭の中を混乱に陥れることができれば、AとBの戦闘はAに有利になります。つまり、敵に対し情報を用いて、混乱の状態を起こすことができれば、自身の形勢を有利な方向に持っていくことができます。

 

 こうした、形勢を自分に有利な方向に持っていこうとする利己的主体はこの世界にいくつか存在するものと思われます。世界は単純な利己性だけで回っているとは言い難いところがありますが、かなり多くのことを利己的な主体を想定することで記述することも可能です。もしかすると正しさではなくて損得勘定で動く人達が増加しているのかもしれません。その点の詳しい事情については専門家に譲るとして……

 

 さて、情報戦のお話です。情報戦は様々な領域で起こります。政治的な局面で起こることもありますし、軍事的な局面で起こることも、経済的な局面で起こることもあります。

 

 選挙活動などは政治的な情報戦の例でしょうし、敵国に対する諜報活動などは軍事的な情報戦と言えるでしょう。もう少し僕たちに身近な局面で言えば、銀行強盗とか詐欺とかあるいはマーケティング領域における顧客の取り合いとか、色々な情報戦が考えられます。

 

 今回は、どちらかと言えば、僕たちに身近な存在であると言える、経済活動における情報戦について書いてみましょう。うまく書けるかな(笑)

 

 経済活動の情報戦が、単純に利己的な経済的主体によって行われるとすれば、また、その人たちが創造を行わず、既存のリソースを奪い合う類の主体であるとすれば、この時、その主体は、「より悪いものをより良いものに見せかける」ことを目指すと考えられるでしょう。

 

 なぜなら、創造を行わずに、既存のリソースを奪い合うのならば、基本的にリソースの増加は生じないので、自分が得するための経済活動を行うためには、自分以外の他者を悪い商品の方に誘導することで、自分が良い商品を確保する必要が生じるからです。

 

この時、この単純に利己的な経済的主体は、次のことを行うでしょう。

 

1.善いものに悪評を流す

2.悪いものを他人に提供する

3.善いものを自分が独占する

 

 つまり、善いものに悪評を流したり、悪いものを他人に提供したり、善いものを自分達だけが独占している場合、この時、その利己的な経済的主体はある種の情報戦を行っていると考えられます。

 

 それはどのような情報戦でしょうか?

 

 非常に一般的に述べれば、生存競争における情報戦でしょう。つまり、自分が生き残るために、こうした情報戦が行われると考えることができます。

 

 人間のこうした利己的な傾向を完全に相殺し切ることはとても難しいものなのかもしれません。そもそも、ある程度の利己性を持つことができなければ、自分に利する行為自体を取りづらくなってしまうので、結果的に、そうした非利己的な人間は生き残ることが難しくなってしまう可能性もあります。

 

 では、僕達はこうした情報戦の満ち満ちた環境においてどのような方策を講じるべきでしょうか。次のことが有効であると言えます。

 

1.利他的な人を助ける

2.利他的な人に善いものを提供する

3.利他的な人を利己的な人から守る

 

利他的な人を助ければ、善いものに対する悪評を相殺できます。利他的な人に善いものを提供すれば、利他的な人はより善くなり、そのより善くなった利他性は広く社会に波及していくと考えられます。利他的な人を利己的な人から守れば利他的な人を確保していき、利他的な人をうまく確保し、その力を適切に運用できれば、より利他的傾向の波及を見込むことができます。

 

 

P.S.なお、真の利己性と真の利他性は相反しない可能性があります。なぜなら、真に利己的ならば人間が一人では生きていけないことを踏まえて、利他的な振舞を為すであろうから。逆に真に利他的ならば自分が生き残っていなければ仲間を助けられないことを踏まえて、利己的な振舞を為すであろうから。

 

 また、「真偽」という問題も、これまた一大問題ですね(笑) 真に真なのならそれは偽でしょう。なぜなら、真とは一種の矛盾であり仏教的な「空」であるから。そして、真に偽なのならそれは真でしょう。なぜなら、偽とは一種の矛盾であり、ならばそれは一種の仏教的な「空」であろうから。真偽とは陰陽のようなものなのかもしれません。どちらかが欠けると、どちらかが欠けてしまうような何か。不思議です。

 

 

 少し情報戦術を応用してみましょう。

 

 ネットにおいてAがBの悪口を言っている。また、AもBも商売をしている。Aは利己的であり、Bは利他的であるとする。

 

 この時、Aはどのような手を打ってくるか?

 

 まず、Bの持つ美質をなかったものとし、細かな揚げ足を大量にとってくるでしょう。その上で、自分の持つ悪いものの価値を喧伝し、悪いものを人々に提供することで、儲けようとするでしょう。そして、善いものを見つければ、その善いものの価値を人々に伝えず、単純に利己的な理由でもってそれらの善なるものを独占するでしょう。

 

 では、これに対し、Bはどのような手を打つべきか?

 

 まず、自身や利他的な仲間の持つ美質を正確に把握する。次に、粗悪品の提供者を把握した上で、その粗悪品の悪い点を正確に把握および、批判する。そして、善いものを得た場合、それらを仲間と積極的に共有する。最後に、単純に利己的な人たちに利他的な行動傾向の価値を説くことで、利他的な共同体へと誘導する。そこからは心理学的な「シェイピング」を行っていくことで、単純な偽の状態から真の偽の状態へと誘導する。そして、その誘導された人が真の生き方も偽の生き方も偏りなく知り、正しい判断を下せるようになった時点で、後はその人たちがどのような人生を選ぶかを自由に自己選択してもらう。なお、これらの情報戦下にあっても、極力、攻撃や牽制、強制は行わないことが大切。どうしても必要な場合にのみ、正当防衛としてのみ、攻撃や牽制および強制という行動は取られる可能性もある。

 

 大体、こんな感じです。