称えられる英傑もいれば、前線で散っていった英傑もいる。時代の流れがどんなに残酷でも、仲間との記憶は決して薄れることはない。
春香はいつも「悲しい」と言っていた。
僕は何が悲しいのかと彼女に尋ねてみた。そういう時、春香は困ったふうに笑って、ただ僕の唇を塞ぐのだった。
僕は彼女を助けたいと思ったけども、今後も和やかに……とはいかないだろうという直感もあった。この世界はユートピアではない。それはあくまで「シビア」なものなのだ。僕にもそれは分かっていた。
と言うのも、僕も彼女もそして仲間たちもいわゆるアサシンだったから、そうだった。暗殺者と言うのはろくな死に方をしない……僕たちはどこかでそう分かっている。
奏多は歌うのが大好きだった。そしてたくさんの記憶を持っていて、とても博識だ。僕は彼女くらいの賢者を彼女の他には誰一人知らない。奏多は「記憶」についてとても面白いことを言っていた。次のようである。
「記憶って仏様とか神様とかの加護なんだよ。だから決して薄れることはないんだ。たとえ科学で記憶を無理矢理塗り替えたって、善き記憶は必ずどこかで覚えているものなんだよ。だからさ、悪人なんかに負けることはないんだ……私も、君もね」
奏多によれば、記憶というのは神仏の加護なのだと言う。僕は彼女に「そうだったらいいね」と言った。
宗也は臆病だが、抜群の危機察知能力を持っていた。彼のもたらす「予言」に僕たちのチーム全体が助けられることも多かった。彼は勇猛なタイプではなかったが、非常に繊細な武器の使い方をした。そして彼は言う。
「戦いのある方に行くんだ。結局、それが一番安全なんだ」
宗也はよくこうした逆説めいたことを言った。しかし、彼の言葉はその都度の僕たちに必要な多くの有用な着眼点をもたらしてくれた。
彼は特に教えられなくても、あらゆる武術や道具を巧みに扱える天才でもあった。性格の臆病さと相反し、非常に実践的な能力の形態をしている。
僕を含めた以上の四人はチームだった。奏多はチームのリーダーだった。
ある任務の日に、僕たちは自陣の裏切りに遭い、補給線を断たれた。騙し合いの多い前線ではよくあることだった。端に、「死ぬ順番」が僕たちに回ってきたというだけだった。それでも春香は死にたくないとよく泣いた。彼女はアサシンには向かなかった。
敵陣での逃亡の末、ついに警官隊との武力衝突が起きた。最初に死んだのは、意外にも宗也だった。彼は最期、仲間を守るために自分の命を犠牲にする戦略を取った。彼の平素の臆病さは真の意味での勇気の表れだったのだろう。
次には春香が死んだ。一騎当千だった。彼女一人の力で敵国の武力の統制機構を攪乱した。僕と奏多を逃がすためにそうしたのだった。誰よりも死にたくなかっただろう彼女が、そうした。
僕と奏多は二人で苦笑した。
奏多は言う。
「戦場では心優しい人たちから死んでしまう」
僕はそれに黙って頷いた。
最後の夜、奏多はよく泣いた。彼女の涙を見たのは初めてだった。ただ、人の為に綺麗な涙を流せる美しい心が羨ましいな……と少し思った。
結局、僕と奏多は逃げなかった。ありがちな動機だけども、仲間の敵を取るためだった。
孤立無援の中で、僕と奏多は戦った。ついに僕が銃撃に倒れると奏多は僕の傷の応急処置をしながら、泣いてくれた。すでに助からない傷だった。
奏多は言う。
「私たちって、要らない子だね」
僕は薄れる意識の中で応える。
「……そうみたいだ」
彼女は僕の手に銃を持たせ、自身も銃を持つと僕に口づけた。そして彼女は言う。
「私たちは要らない子だったけど、君に会えてよかった。本当に」
「……僕も奏多に会えてよかった。……ありがとう」と僕は言った。
「じゃあ……またね……」と彼女は笑顔で言う。ぐちゃぐちゃに泣き腫らした顔で。
僕と彼女は同時に引き金を引いた。
本当にいい人生だったのだ。それは本当に。
誰かが仕組んだ孤独な罠に 未来がほどけてしまう前に
(TKfrom凛として時雨, 「unravel」, 2014 歌詞より引用)