レフの視点
軍用の輸送機に乗って、レフはアメリカに向かっていた。その間、本を「構造化」して……要は読書をしていた。
レフは魔術師だった。この世界の魔術師は、マテリアルなものすべてを情報化し、エネルギー化することができる。その情報化、エネルギー化の過程を、「変性」と言った。
レフは魔術師として一流の才能を持っていたので、本を直接所有していなくても、どこの本でも自由に読むことができた。本どころか、水の心や鳥の声すら、学術用語に変換したり、原子力発電よりもずっとよい効率で、エネルギー化したり、そのエネルギーをもちいて、様々な物理現象を人為的に起こすことができた。少しなら、かなり広域の天候を変化させることもできる。
レフは、ロシアで一番の魔術師だった。そして、この世界においては、ロシアで一番であるということは、世界で一番であることを意味していた。
この世界に、レフに勝てるものは誰もいなかった。
少なくとも、現時点では、だれもがそう思っていたし、アメリカとロシアの戦争は、圧倒的にアメリカの劣勢だった。
魔術の才は、天性のものだったが、なぜか、確率的にロシアには魔術師が大量に分布していた。
アメリカは、魔術の才能に不足し、その代わり、科学技術による擬似魔術である「エルクレイドシステム」を積極的に用いた。これは、人間の脳神経に電磁波によって接続し、結果としては魔術と同じ効果を導き出すものであったが、身体の神経系の損傷が激しい上に、生来の魔術師との魔術技能におけるスペック差は明らかだった。
しかし、現状のアメリカはなりふり構っていられない。なにせ、戦争に負けそうなのだから。
そんな事情なので、レフは、完璧に自国の勝利を確信し、ある意味では、おごっていた。
しかし、そんなレフを責めるというのもいささか無理のある話だろう。何せ、レフは今まで、自分以上の魔術師、――自分に匹敵する魔術師というものに、出会ったことがなかったのだから。
イギリスは、表面上は中立の立場を装いながら、アメリカやその同盟諸国にエルクレイドシステムをもちいた様々な兵器を売りさばくことで、漁夫の利を得ていた。イギリスは今や大国だった。
魔術師同士の戦は、既に身体が運動しだす前から決まっている。構造化の能力、つまり、森羅万象を読みとる能力の高い方が勝つ。空気の挙動、蒸気の濃度、流体力動、そうしたものをすべて、読みとり、尚且つ適切に再構成する能力である。
魔術師は、構造化し、初期値鋭敏性をもちいて、変性を行うことによって、魔術を行使する。
銃を使っても、銃弾の軌道をあやつることができるので、もはや一般の兵士では太刀打ちが不可能であった。
しばらくすると、レフの乗った航空機は、アメリカの本土に到着した。
そして、既にロシアに占領されているアメリカの領土を視察する。
構造化すると、土地に根付いた様々な記憶が「幻視」となって、レフの目の前に繰り広げられる。たくさんの人が死んでいた。たくさんの人が泣いていた。
レフは悲しい気持になったが、ここで留まるわけにはいかなかった。
――戦争を早く終わらせるのだ。できるだけ少ない犠牲でもって。
そう思った。
視察の後、作戦会議を聞いた。
どうやら、アメリカ側には、一人、すぐれた魔術師がいるらしかった。天才的に。
あるものは、レフでももしかしたら敗北し得るかもしれない、とまで言った。しかし、レフには自分が敗北するイメージは思い浮かばなかった。今まで、敗北したことがないのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
しかも、その天才は、日本人らしかった。
その場に居合わせた魔術師の一部は笑った。「日本人の天才? それは語義矛盾だ」
レフは正直、何もかもどうでもよかった。とにかく早く戦争を終わらせるのだ。その日本人には悪いが、投降しないのであれば、殺させてもらう。早く戦争を終わらせるのだ。
レフは戦場に出た。
そこには、エルクレイドシステムによって、自分の身体を削って戦う人たちであふれていた。
レフの弾丸は自在に軌道を変え、全て敵兵に命中した。
実を言えば、銃を使う必要はなかった。ナイフ一本あれば、それで十分だった。レフはナイフの分子を震動させて、規格外の切れ味をナイフにあたえ、変性によって運動能力を、踊るように、敵兵を切っていった。
敵兵は次々と死んでいった。
レフは一人切るごとに、自分の心が死んでいくのを感じた。
――どうして、こんなことをしていなければならないのだろう?
涙は出なかった。自分の心が何処にあるのかさえ分からなかった。
戦況は圧倒的に見えた。
誰にもレフを止めることはできなかった。
その時、ロシア側の魔術師が幾人か死んだ気配をレフは感じた。
――エルクレイドシステムに敗北したのだろうか?
レフは疑問に思って、辺りの雰囲気を全て構造化してみた。すると、ものすごい勢いで、味方の兵力が削られているのがわかった。死んだ味方にはレフの友人もたくさん含まれていた。レフは怒りを感じた。そして、次に失笑した。
――自分は何人殺してきた?
レフはおかしくて笑った。
そして、サッと方角を転換し、自分の味方を皆殺しにしてくれた「日本人」を殺しに行くことにした。
砂智の視点
砂智はいらだっていた。
砂智は上官に、エルクレイドシステムの使用の中止を進言したが、受け入れられることはなかった。「お前、一人で戦うつもりか?」と鼻で笑われた。
砂智は、戦争の愚かさについては、これまでの戦闘で嫌というほど知っていた。たくさんの人が死んだ。たくさんの人が泣いていた。
砂智は今すぐに戦場に出たかったが、上官がそれを止めた。「今は待て、敵を引き付けてから、お前を投入する。既にこちらの魔術師連隊で、敵の包囲は完了している。奴らはもう逃げられない。そこをお前が皆殺しにしてくれればいい」
エルクレイドシステムを装備した人たちは次々と殺されていった。
砂智はもう何もかも嫌だった。砂智は泣いてしまった。
すると、上官は、砂智の肩をたたいた。
「大丈夫だ。お前がいれば、勝てる」
上官は砂智の涙の理由を何もわかっていなかった。
砂智は、上官の手をはたき落とすと、そのまま指令室を出た。
上官はやれやれといった目つきで、砂智のことを見ると、「どんなに魔術の才能があっても、中身はまだまだ子供だな」と言った。
砂智は、その言葉を無視して、そのまま出て行ってしまった。
やがて、砂智の出撃のときが来た。
戦況は上官の作戦通りに動いているようだった。上官は人殺しにかけては、一級の才能を持っているようだった。
砂智は出撃すると、次々と敵兵をころしていった。他愛なかった。誰も砂智を止めることはできなかった。
大方のロシア兵を殺し切ると、砂智はあたりを見渡した。
血潮。
上官はよろこびそうな光景だった。
砂智はナイフの分子震動を解くと、辺りの気配に耳を澄ませた。
かなりの速度で接近してくる者の気配が感じられた。エルクレイドシステムではない。魔術師だろう。
しかも、かなりの手練れだった。
と、砂智の脳天めがけて、正確な射撃があった。砂智は、銃弾の軌道を操作しようとしたが、物凄く強い魔術に銃弾が守られていて、その軌道プログラムにハッキングすることができなかった。
仕方なく、ナイフを分子震動させ、右手と左手の身体骨格を一時的に強化し、銃弾を切り落とした。
「お見事」
と言うロシア語の声が聞こえた。
砂智は声の方をにらみつけた。
砂智と同い年くらいの男の子だった。金髪のロシア人だった。目が青い。
砂智は、何も言うことなく、その少年に切りかかった。
――早く戦争を終わらせるのだ。
それだけを思った。
――こいつを殺せば、すくなくともこの戦闘は終わる。こいつを殺せば。
砂智は、「アルス」という身体強化魔術を用いて、銃弾の速さで、少年に切りかかった。
レフは、さっと、砂智の剣戟をかわした。
砂智はまさか、かわされると思っていなかったので、面喰ったが、すぐに、振り返って、水平に斬撃した。それもかわされた。
砂智は驚きのあまり、じっと少年を見詰めた。
「私の動きが見えるの?」
と砂智はロシア語で言った。
少年は気障に両の掌を上に向けると、「もちろん」と日本語で言った。
続けて、少年は言う。
「誰も、僕には勝てない。君も」
砂智は、少年の挙動を構造化したが、あまりの多重セキュリティ構造に舌を巻いた。挙動を読むことができなかった。
砂智と少年は、しばらく戦闘を続けたが、まったくらちが明かなかった。
実力は互角のようだった。
砂智は焦った。
また涙が出てきた。
――こんなことしてる場合じゃないのに。
――早く戦争を終わらせないといけないのに。
「なあ」
と少年は言った。
砂智は無言で、先を促した。
「いいことを考えたんだ」
と少年は言う。
砂智はなおも無言だった。
少年はそんな事お構いなしに続ける。
「君のその涙見てて思ったんだけど、優しいよね? 君は。本当はこんなことなんてまっぴらだと思ってるんじゃない? 戦争なんてさ」
砂智は……頷いた。そのあとに「……私はやさしくないけど」とぼそぼそとした声で言った。
「じゃあ、もうやめよう」
と少年は手をたたいて言った。
砂智は、ポカンとした顔で、少年を見た。すぐに気を引き締めて、ナイフを構えた。
「だから、やめようって言ってるんだ」
そう言って、少年はナイフを捨てた。
砂智は目を疑った。
しかし、動揺を隠しながら、「戦うつもりがないなら、投降しなさい」と言った。
少年は砂智が動揺している隙に、手刀で彼女のナイフを叩き落してしまった。
そして、砂智の後ろ手を取ると、砂智の腕をひねった。
「痛い……」
と砂智は言った。
砂智はピンチにあまり陥ったことがなかったので、苦痛に慣れていなかった。
「さあ、勝負あった。投降しなさい」
と言って、少年は笑った。
砂智は、少年をにらみつけた。
「大丈夫。大丈夫。そんな怖い顔しないで。『僕に』投降して」
砂智はますます少年をにらみつけた。
「僕はもう、ロシア軍でもなんでもない。君も、アメリカ軍でも日本軍でもない。駆け落ちしよう」
と少年は言った。
「あんたバカじゃないの?」
と砂智は言った。
「大丈夫。僕の計画は完璧だ。何せ、僕の他のロシア兵は君に皆殺しにされてしまったし、アメリカ兵は僕が皆殺しにしてしまった。ここには僕と君しかいない」
「国を裏切るの?」
と砂智は言った。「そんなことできるわけない」
「頭固いな。もっと柔軟に考えよう。僕や君が普通に国に所属していても、殺戮兵器として運用されるだけだ。なら、僕たちはここで死のう。そうすれば、この戦争も時期に終わる。僕たちが人を殺すのはここでおしまいだ」
砂智は、無言になった。
数秒俯いたまま黙っていた。
やがて、顔を上げて、
「いいよ。死のう」
と言った。
「契約は成立だ」
と言って、レフは砂智の正面に回ると……
口づけた。
砂智は最初何が起こっているのかわからなかった。
そして、数秒後、自分がキスをしていることがわかった。
砂智は自分は夢を見ているのだろうと思って、だまっていた。
――神様、私はもうくるってしまったみたいです。アーメン。
「君はくるっていないよ」
と少年は言った。
どうやら、粘膜接触を利用して、砂智のこころを読んだらしい。
砂智は恥ずかしくなって、少年の頬をひっぱたいた。
「やめてよ。殺すなら、早く殺せ。バカ」
「もう君は死んだよ」
と少年は言った。「ファーストキスだったんだ? わーい」
砂智は怒りのボルテージが上がったが、しかし、すぐにその怒りは悲しみに変わった。
血潮。
「じゃあ、自分で死ぬ」
と言って、砂智はナイフを拾った。
しかし、その手は少年に留められた。
「僕の名前。わかる?」
と少年は言った。
砂智は、少年を構造化した。やはり圧倒的なセキュリティ構造だった。
「こうすれば、分かるんじゃない?」
と言って、少年は砂智にキスをした。砂智は完璧に少年の破天荒さに飽きれてしまって、少年の好きなようにさせていた。
さっと砂智の脳裏に、「レフ」という音が浮かび上がってきた。
「レフ」
と砂智は言った。
「あたり!」
と言って、少年は、――レフは笑った。「君は砂智。僕はレフ」
「あなたはレフ。私は砂智」
「あたり!」
とレフはうれしそうに言った。「君をころせる人間は、世界に二人いる。君と僕だ。そして逆も然り」
レフは続けて言う。「僕には君をいつでも殺せる用意がある。だから、僕と一緒にいれば、君はいつでも死ぬことができる。逆も然り」
「ならば、僕たちは一緒にしたほうが都合がいい。何せ、心中を誓った仲なんだから」
砂智はなんだか、何もかもどうでもいいような気がしてきた。すごく悲しかった。その手はどこまでも罪に汚れていた。押しつぶされそうだった。すぐに死んでしまいたかった。でも――……
――レフとなら生きていけるかもしれないと思った。
「違いなんてないんだ」
そうレフは言う。「僕と君に違いなんてないんだ。ロシアもアメリカも日本も。地球も火星も太陽も。本当だよ。みんな同じ空の下に生きているんだ。わかるだろう?」
砂智は泣いた。涙が止まらなかった。
レフは――……まさかとは思ったが、泣いていた。もらい泣きしたのかもしれない。
「君にはわかると思った!」
と言って、レフは、砂智のことを抱きしめた。きつくきつく。
「私たちが、戦争を終わらせればいい」
と砂智は言った。
「そのとおり」
と言って、レフは笑った。
砂智は笑った。涙でぐちゃぐちゃであったが。
「不細工だな」
とレフは言った。
「うざ!」
と砂智は言って、笑った。
Can I ask you?
Why the sky is blue?
There’s no difference
You and me (Nightcore-No differences[Aldnoah.Zero OST]より引用)
P.S.今日はラノベ風です(笑) 皆さん、ラノベはお読みになりますかね? 僕は読みましたね。ある程度。ソードアートオンラインとか。アルドノアゼロの二次創作にしようかどうかまよったんですが、結局オリジナル路線(笑)。むずかしいですね。二次創作は。