全部、私が悪いのだということはわかっていた。
全ては、私の能力不足が招いた事態だった。
一体、私はどうするべきだったのかと考えてみた。
いくら考えても答えは出なかった。答えってどこにあるんだろう?
周囲にはたくさんの人々の亡骸があった。
――私が殺したの?
私には彼らを守り切るだけの能力も矜持もなかった。
その結果、招いた惨状が、目の前に死体の群れとなって広がっていた。
どうすることもできなかった。
私には何もできなかった。
自分がどうしようもなく愚かな人間であることには、もう気づいていた。
しかし、その愚かさが実際にこの世界に形となって現れると、堪えるものがあった。
何もしないわけにはいかなかった。
しかし、今思えば、何かをするわけにもいかなかったのかもしれない。
であるなら、私はどうするべきだったのであろう?
私は自分の手に握られたナイフを見た。そのナイフで幾人もの敵兵を切ったのだ。私の手は血に汚れていた。
しかし、切っても切っても、いくら切っても、殺戮は尽きなかった。
あらゆる組織は一枚岩ではない。裏切りもある。私も味方から、腕を一本切り落とされていた。しかし、それを恨んでいる暇もなかった。すぐに敵はやって来るのだ。残っている味方だけでも、早急に守る必要があった。
しかし、私のそういったすべての努力は、圧倒的な戦力の前ではまったく無意味だった。
度重なる戦況の悪化により、味方も一人二人と離反していった。
所詮、戦争を終えるために、戦争を用いるという発想自体が間違いだったのかもしれない。あるいは、人間の社会からはどうあがいても戦争はなくならないのかもしれない。諦めるべきなのかもしれない。
しかし、攻めてくる敵を前に、無抵抗でいることは不可能だった。戦争とは、こちらの意志とは関係なくやって来るものだった。すくなくとも、かつて自分を勇気づけてくれた人たちを置き去りに無抵抗でいることはできなかった。
どんなに、効率的に安全な戦略を練っても、必ず犠牲者が出た。なのに、次から次へと問題は発生した。犠牲者を悼むことすらままならなかった。私は冷淡だった。
私は、この世界が小説であってくれたらいいのに、と思った。
もしも、小説だったら、ハッピーエンドもあり得るのかもしれない。
しかし、この世界にあるのは、死体の山と、血に濡れた自分の片腕だけだった。
これからどうしようか、と考えた。
もう、私の部隊は壊滅状態だった。
度重なる戦時ストレスにより、外傷性の神経症状を呈する者も多かった。中には自殺した者もいる。精神が錯乱し、連れてこられなかったものもいる。縦横無尽に銃弾が行きかう中、彼らを助けようとする人もいた。彼らの声をもう一度聞くことはできなかったけれど。
しかし、これは何も私の部隊だけの話ではなかった。敵味方問わず、どこの部隊も状況は似たようなものだった。
少なくとも、私は自分が特別不幸だとは考えなかった。敵にも恨みはなかった。
責任の所在を考えてみた。しかし、どう考えても、誰も悪くなかった。みんな、それぞれに、自分の正義を信じていた。
なのに――
――どうしてこんなことになっているのだろう?
――どうして?
私は恋人の写真を見た。その恋人は既に戦死していた。私をかばって、銃弾を心臓にうけ、そのまま死んでしまった。結局のところ、私が悪いのだった。
――さて、これからどうしようか。
そのことについて考えた。
ボトルに残っていた水を飲む。
自殺することも考えた。しかし、結局のところ、自殺してもしなくても、いっしょだろうという予感があった。
一体、いつまで、ナイフをふるっていなければならないのだろう?
――もう嫌だ。
ふとそう思った。
何もかもが嫌だった。
私は自分の喉にナイフを突き立てた。
知らぬ間に涙がこぼれていた。自分がなぜ泣いているのかはわからなかった。感情機能が麻痺しているのかもしれない。
そこに敵兵の襲来があった。
しかし、襲来といっても、敵兵は二人だった。敵味方とも、さほど戦力は残っていないのだ。そのはずなのに、どうして、どこからともなく敵兵は湧き出てくるのだろう? 不思議だった。
私はナイフをくるりと回すと、ギュッと握りしめ、岩陰に隠れた。
そして、岩陰の間を縫いながら、敵兵が通るであろう経路を予測していった。
自分の攻撃が届く範囲に敵兵が踏み込んだ瞬間、一気に岩陰から飛び出した。
長年、戦争に携わっていたせいで、殺しの手並みだけは見事なものだった。
さっと、一人の背後にしのびより、ナイフで喉をかききった。一人目。
しかし、二人目は、うまくいかなかった。こちらの戦闘の技量を圧倒的に上回っていた。
私は、その時、ほっとした。
――やっと死ねる。
この敵兵は、まだ弾丸が残っているようで、銃を使って巧みに牽制してきた。とは言え、三発ほど撃って、もう弾切れだった。
それ以降は、斬撃による戦闘となった。私は片腕がないので、不利な状況だったし、正直なところを言うと、もう生きているのが厭だった。
しかし、奇跡が起こった。敵兵が足元の石に躓いた。
そして、私のナイフはその隙を逃すことはなかった。
――まただ。
どうしてなのだろう。また生き残ってしまった。もう私には何も残っていないというのに。
私は叫ぼうと思った。しかし、もう声は出なかった。感情は平坦で、少しも起伏がなかった。もう何も感じなかった。
戦争
戦争
戦争
何もわからなかった。ただの一つも。
――私はいったい何をしているのだろう?
私は自分が誰かなのかについて、考えてみた。しかし、思い当たる節はなかった。
――私の名前は?
思い出せない。
――私は誰?
思い出せない。
――どこから来た?
思い出せない。
――どこへ行く?
――好きな食べ物は?
――好きな人はいたの?
――あなたの名前は?
――あなたは誰?
――どこから来たの?
――どうしてナイフを持っているの?
――ここはどこなの?
――どうして、
血塗れなの?
私は笑った。本当は笑ったという意識もなかった。しかし、顔は笑っていた。顔だけが。
顔。
顔。
私にはもう顔がなかった。
全ての顔が、同じ顔だった。
――あなたは誰?
私の目の前に、恋人が立っていた。
――あなたは誰?
――私は、私は
次の瞬間、私の背中に衝撃があった。
何事だろうと思って、胸に手を当てた。血が溢れていた。
自分が狙撃されたのだという事実を悟った。
眠くなってきた。
しかし、悪い気はしなかった。
――やっと眠れる。やっと。
私の身体を恋人が抱いてくれていた。とても幸せだった。生きていて本当によかったと、そう思った。