読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

魔法、魔術について合理的に考えてみるブログ

「魔法使いになりたい」、という欲望について真剣に考えてみました。

引きこもりという戦術(恋愛含む)

魔術について

  今日は引きこもりの戦術論や、恋愛について書こうと思います。

 さて、では今日もファイト一発で行きましょう。

 まず、注目すべきは、引きこもりという現象そのものの様態です。

 ひきこもりとは、周囲から隔絶された環境に自分の身を置くこと、そのような理解が一般的かもしれません。

 とりあえず、この理解によって話をすすめましょう。

 引きこもりには、極めて多大なメリットがあります。それは、「時間」が山のようにあるということです。

 時間は、資本としてきわめて価値の高い、最重要のものです。

 そして、価値とは一般的に、希少性によって決まります。金がその辺に転がっていたら、金がこれほどまで高い値段を持つことはなかったでしょう。

 つまり、時間が山のようにあるということは、その山のようにある時間をふつうの人がしないような事に差し向ければ、多くの稀少価値を生むことができるということであり、これは、チャンスです。

 つまり、引きこもることができるということは、不幸ではなく、チャンスなのです。

 要は希少価値を出せばよい。

 周りの人がルーチンワークをこなしている間に、多くの創造的なことを行うことによって、時間資本を稀少性資本に変換し、自分の価値を引き上げればよい。

 例えば、図書館の本を全部読むとか(開架図書だけでもいいので)。

 普通の人はそんなことしません。だからこそ、そこには、多大な希少価値が生まれます。

 まず、その家族内に置いて、比類のない物知りになるというのは一つの戦術として有効です。

 そして、家族を追い越したら、次はその町内で一番の知識人へ。

 それを追い越したら、その地域で一番の知識人へ。

 とにかく、知識だけは誰にも負けないというふうにまずしてしまうのは一つの手だと思います。

 色々なことを知れば、色々な行動の可能性も見えてくると思います。図書館でクラウドソーシングの本を読めば、実際にクラウドソーシングをやってみることもできるようになります。それで、収入が少しでも得られるのなら、もはやニート脱出です。

 知識には力があります。

 そして、地域を追い越したら、今度は、日本で一番。

 その次は、世界で一番です。

 それが終わったら、宇宙で一番です。(笑)

 これくらいの勢いで行ってもおもしろいのではないかと僕は思います(笑)。

 クラウドソーシング以外にも、小説作法の本もありますし、音楽の入門書もありますね。図書館には色々な本があります。

 つまり、図書館にはさまざまな可能性が詰まっているのです。

 ネットでもいいのですが、ネットではあらかじめ検索キーワードを知っていなければ検索できないという欠点があり、その点、「検索キーワードを探す」、という意味では、図書館は便利です。

 興味のある本も興味のない本も片っ端から読みましょう。

 どちらかというと、興味のない本を読むことの方が重要なケースも多々あります。そういった、「ノイズ」が、あなたの可能性を広げてくれるからです。

 なぜなら、一定のレールにそって、一定の目的のみにまっすぐに向かった場合、そこには、「逸脱」がありません。そこには既存のレールしかないのです。

 しかし、そこにノイズが混入したらどうでしょうか?

 そのノイズが、あなたの既存のレールを壊し、見たことのない景色を見せてくれるでしょう。

 そのように考えれば、レールからドロップアウトするということは、ドロップするというよりも、ひとつの「自由への飛翔」ですらあり、歓迎すべき事態であるということになります。

 その意味で言えば、社会からドロップアウトしている人ほど、自由になれる素質があると言えるのではないでしょうか。つまり、ドロップアウトは、恥じるべき事態どころか、自由の観点からいえば、喜ぶべき事態ですらあると十分に言い得る。

 つまり、見方によっては、引きこもりという一つのドロップアウトも、自由への前哨戦の一種であると言えるでしょう。その意味で、引きこもりやニートの人は、起業や普通の人がしないような事をするのに向いていると言えると思います。逆境を越えた人はかなり強いかと思いますし、逆境に立ち向かっている人には魅力が生じやすいということもあります。つまり、逆境が強ければ強いほど、敵が強ければ強いほど、それを克服した時の成果や魅力は莫大なものになります。

 そのように考えれば、引きこもりとは、モテるチャンスですらあると言えるでしょう。

 したがって、絶望ばかりがあるわけではないのです。何ごとにもメリットとデメリットがあります。デメリットと上手く付き合いながら、メリットを最大限に活かす方法を考えましょう。

 例えば、普通の人生を送り、普通に大学を卒業し、普通に就職した、という人よりも、ニートで引きこもりだったけれども就職に成功した、と言った人の方が、眼を引きませんか?

 つまり、ニートや引きこもりというパラメーターは人目を引くための道具として非常に役立つのです。

 好きの反対は嫌いではなく、無関心であるとはよく言われます。

 であるなら、人目を引くことに成功している時点で、普通に就職した人よりも、ニートや引きこもりというパラメーターを持っている人の方が、一歩リードしているとさえ言えるかもしれません。

 傍から見て、普通にいい人そうな人がモテず、ろくでもなさそうな人がモテてたりしたのを見たことはありませんか? ろくでもない人、あるいはそのような人生を送っている人にはモテる素質があるのです。なぜなら、ろくでもない人生とは逆境であり、逆境に立ち向かっている人は魅力的だからです。そのように言うこともできます。極端に言えば、「ヒモ」という概念も世の中にはありますね。それくらいのものです。

 そもそも、「ろくでなし」とは、常識的に言ってろくでなしということであり、常識とはしばしば間違っているものです。すくなくとも鵜呑みにするべきものではありません。したがって、誰かがろくでなしかどうかを決めるのは常識というよりも、それぞれの人の持つ、「生の実感」です。実感を欠いた、常識に機械的に付和雷同しているだけの意見であれば、無視していいでしょう。というか、あまり役に立たないのではないでしょうか。発展性がありません。

 そもそも、「ろくでなし」とか呼ばれる、比較的「清潔」とはされないもの、つまり、「ノイズ」が自由や自己の発展性のために必須であることは既に示した通りです。

 また、引きこもりの人は、ある意味、素直であるとも言えるでしょう。上意下達的なシステムに、うまく適応できなかったということは、肌で自由を求めているというふうにも言うことができるでしょう。その点からいっても、その直感あるいは体感は、自由への素質、創造性としては非常に優れていると言えるのではないでしょうか。自分に嘘をつかず、引きこもりという普通の人たちが恐れるようなドロップアウトにまで至ってしまう、という現象には少なからず、純真さがあるのではないかと僕は思います。そういうふうに本性を隠さず見せているあなたは誰よりも強い人なのではないでしょうか。

 自由へと向けて、引きこもりという戦術を選択している世界の魔術師たちに、Neruの『マイネームイズラヴソング』を贈ります。

 

ラブソングを ラブソングを さあ、歌ってよ(Neru,『マイネームイズラヴソング』,歌詞より引用) 

 

P.S.そろそろ少し力を抜いた記事を書くべきなのかな、と思ってはいるのですが、なんだかいつも空回りして力が入ってしまいますね(笑)。もうすこし緩急がつけられるようにがんばりたいです。がんばっちゃだめか(笑)。いつもいつも手いっぱいでは疲れてしまうでしょうし。そのうち、なんか気の抜けるような記事が書けるように挑戦してみます(笑)

 あー。あと、「ろくでなしになるのがいい」、って話をしましたけど、Neruさんの曲で『脱法ロック』というのがあるので、聞いてみてください。あの曲はこの点の参考になると思います。みんな、人生に一度は、ある意味健全な?(笑) ろくでなしになるというのは手かもしませんね。常識から逸脱し、自由を手に入れるためには。常識的理想やプライドに縛られて苦しい人などにはおすすめです。