魔法、魔術について合理的に考えてみるブログ

「魔法使いになりたい」、という欲望について真剣に考えてみました。連絡先アドレス:「mmaazzyyuu@gmail.com」 何かありましたらまずはお気軽にご相談ください。基本的には何でもどうぞ。できることには無論限りはありますが。

魅力的な人たちってどんなこと考えてるんだろう? な話

 キラキラしてる人っていますよね。

 

 魅力的な。

 

 ああいう方たちは、普段どんなことを考えていらっしゃるのでしょうね。調べてみたら面白そうです。

 

 僕のような一般ピーポーからすると、ああいう方たちは、雲の上の存在と言ったところでしょうか。それじゃ、調べられねえんじゃね? とか思いますけど、彼らけっこう優しかったりするようなので、機会があれば、割にお話することも可能なようです。

 

 でも、キラキラしてる人たちのグループって、いくつか派閥があるような気も……

 あんまり詳しくないので、下手なことは言えないのですが、そんな気もする。

 

 僕は思うのですが、おそらく、万人から好かれるというのは、原理上不可能に近いのではないでしょうか。

 

 とはいえ、表現上、「誰からも好かれる」、と言えるくらいの人は幾人もいらっしゃるのでしょうが。

 

 おそらく、完璧な人間というのはいないはずなので、そういう方たちをあんまり理想化しない方がいいのかもしれません。というのも、多分、あんまり理想化されると窮屈になってしまったりするのではないかとか他人事ながら想像します。

 

 アイドルの人たちは、キャラを作っていると思うのですが、それってわりに疲れると思うのです。

 

 罵倒され過ぎるのも嫌ですけど、褒められすぎるのも嫌って方もいらっしゃるのかもしれません。難しいところだとは思うのですが。

 

 それで、ここまで書いておいてなんなのですが、これは考えすぎかもしれない(笑)

 

 キラキラしている人たちは、あくまですべてがキラキラしていて、完全無欠なのかもしれない、という気もしてきた(笑)

 

 そして、彼らはキラキラしているので、その周囲には、キラキラしているものしか寄ってこず、悪いものが寄って来ることはないのかもしれません。類は友を呼ぶ、的に。

 

 彼らが完全無欠の人間なのだとすれば、彼らはもしかしたら、真のエリートなのかもしれない(笑)

 

 苦しみも痛みもなく(というのは言い過ぎかもしれませんが。比較的少なく)、(相対的に)とても楽しい人生を送っていらっしゃるのやもしれません。

 

 真実はどっちだ?(笑) 検証が待たれますね。待ってるの僕だけかもしれませんが(笑)。

 

 この問題、個人的にすごい面白いと思うんだけどなあ。

 

 これ調べて、小説でも書くか(笑)。

 

 『吉里吉里人』ならぬ、『キラキラ人』。なかなか語呂がいいよ。うん。

 

 でも、僕からしたら、大体の人たちがキラキラして見えるからな。僕が研究しても、客観的に問題のある研究にしかならないかもしれない。僕、主観的なものしか書かないし。てか、個人的な意見とかしか書けないし。

 

 華やかな方々は見ていて和みますね。

 

 あと、優秀な方とかも和みますよね。彼らの考えとかを聞いていると和みます。

 

 すると、優秀で華やかだと、超和むことになるのかもしれません。

 

 いや、その場合、「委縮」する可能性も高いな(笑)

 

 華やかの基準とか優秀の基準とかもいろいろとあるのかもしれませんね。多様性というか。

 

 すると、色んな華やかグループやいろんな優秀グループが生じるのかもしれません。すくなくとも、ひとつではないでしょうね。おそらく。ある程度、多極的なのだと思います。

 

 僕は、今のところ、完全無欠な人は見たことはないので、もしかしたら、厳密な意味では、キラキラしている人たちに会ったことはないのかもしれません(僕は非常に不完全な人間ですので、キラキラしている人たちから弾かれていたとしてもおかしくはないですし)。

 

 みんな、何かしらコンプレックスとかを抱えていらっしゃるような気もします。かなりすごい人とかでも。「いや、あなたの場合、それはその能力で帳消でしょ?(笑)」って感じの人とかでも、コンプレックス自体はお持ちであることが多いような気もします。

 

 あと、こういう問題を考える場合には、必ず、「嫉妬」の問題を考慮しないといけませんし。すべての物事が嫉妬で片付くというのはあり得ない話ですが、かといって、嫉妬がゼロかと言えばそんなわけもなく。というか、おそらくわりに人間にはありふれた感情なのかもしれません。七つの大罪の一つだったと思いますし。

 

 何が問題なのかというと、大きく二つありますよね。

 

 まず、本当は嫉妬されているのに、嫉妬されてはいないと思う場合。

 次に、本当は嫉妬されていないのに、嫉妬されていると思い込む場合。

 

 後者は簡単で、これは、いわゆる「妄想」となりますよね。あんまり強くなると、今のところは、社会生活上の問題となることも多いかもしれません。

 

 今回の問題は前者なんですよね。

 

 嫉妬されて攻撃されてるのに、そのことに気づかないで、大本の原因にもとづいた防衛ができず、そのまま攻撃にさらされ続けた場合、これはかわいそうだと思います。

 

 でも、これは人間の心の問題ですし、実際の現場における立証もいろいろと困難なのではないかと思いますので、嫉妬と嫉妬の妄想を区別できず、それで延々と悩むという事態もあるかもしれません。ただ、確か、心理学の研究で、美人の学生に対する成績評価の実験で、評価者が同性教授の場合には美人の学生に対し低い評価がつけられる、みたいなものはあった気もあしますので、まったく立証されていない訳ではないのだとは思います(記憶が定かではないので、気になった方はご自分で調べてみてくださいませ)。あるいは、嫉妬の有無を、ゼロか百かではなく、連続体として捉えるとすっきりするのかもしれません。60%嫉妬されてるとか。今回は30パーセントほどの嫉妬しかないな、とか(笑)嫉妬がゼロということもないし、100ということもないという発想(笑)

 

 こういう問題は全て一切考えない、という方針を取るのもひとつの見識なのではないかと思います。嫌われることを気にせず我が道を行くというのも一つの手ではないかと。考えても切ない。

 

 とはいえ、これ、単に一つの推理でしかないですし。まずもって嫉妬されることのない僕のような一般ピーポーには、あずかり知らぬ世界ですね。どんな世界なんだろう? 色々と想像できておもしろいですね。

 

 七つの大罪がない世界っていうのも想像するとちょっと恐いような気もするんですけどね(笑)。どんな世界なんだろ? だれも何にも嫉妬しない世界……これも、小説にすると面白いのかもしれません。何にも傲慢にならず、何にも欲情しない世界……うむ。